大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1464号 判決 1969年3月12日
控訴人
源光寺
代理人
中塚正信
ほか二名
被控訴人
(大久保右治訴訟承継人)
大久保隆夫
引受参加人
福田笑子
大成紙器こと
森修司
右三名代理人
北逵悦雄
被控訴人(脱退)
新日本紙器株式会社
被控訴人
土蔵基弘
代理人
松本泰郎
主文
控訴人の控訴及び引受参加人両名に対する請求を棄却する。
控訴審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
(控訴人の被控訴人大久保および引受参加人両名に対する請求について)
第一、第一次請求について。
一、控訴人が本件土地を所有すること、被控訴人大久保が同地上に本件(二)及び(四)の建物を所有してその敷地を占有していることは、当事者間に争いがない。
二、そこで先ず被控訴人大久保の賃借権の有無につき判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
本件土地は、控訴人の境外地であつて(境外地であることは争いがない)、終戦後は空地となつていたところ、控訴人の当時の住職(主管者)藤野立英は、引揚者であつた大久保右治(被控訴人大久保の先代)に、当初菜園地としてこれを利用することを認め、その謝礼として野菜等を受け取つていたが、昭和二三年四月頃、右治より同地上に建物を建築することの承諾を求められ、右立英は、同寺の壇徒総代三名中冨島市太郎の同意を得てこれを承諾した。爾来、右治は同地上にバラック式工場(旧工場)を建築してセメント瓦製造等の事業を営み、土地の賃料(最終月額五、五〇〇円)を滞りなく支払い、控訴人も異議なくこれを受領してきた。その間昭和二四年八月頃、本件(三)建物の敷地を立英の承諾を得て被控訴人土蔵に転貸(本件土地外の同人の賃借地と交換して使用許諾したもの)し同人が同地上に工場を建築所有したが、右治は右部分の賃料も、その余の部分の賃料と併せ支払つて来た。ところが昭和三八年二月頃に至り、右旧工場および土蔵の工場は焼失したのであるが、その頃より控訴人と右治間に、後記のとおり右土地の使用をめぐつて紛争が生ずるに至つた。
<証拠判断省略>
三、右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人大久保先代大久保右治間に、本件土地につき、おそくとも昭和二三年四月頃、建物所有を目的とする賃貸借契約が成立したことが認められる。しかして大久保右治が昭和三八年一一月二四日死亡し被控訴人大久保隆夫が相続人としてその地位を承継したことは、当事者間に争いがない。
右契約に対し、控訴人はその無効を主張するので按ずるに、控訴人がもと宗教法人令による寺院であつたことは争いがないところ、寺院がその所有地を建物所有の目的で期限を定めずして賃貸することは、右法人令一一条一項一号にいう「不動産ヲ処分」する場合に該るものというべきであるから、右行為については右条項により壇徒総代の同意および所属宗派主管者の承認を受けることを要するところ、前認定の事実によれば、控訴人については壇徒総代三名中一名の同意を得たにすぎず、また所属宗派主管者の承認を得た事実は被控訴人大久保および引受参加人らの全立証によるもこれを認め得ないから、同条二項により、右賃貸借は無効といわなければならない。
四、被控訴人らは、右契約が無効であつたとしても同条三項により控訴人に履行義務があると主張する。しかし右条項は、相手方が善意無過失の場合、その保護のため、当該寺院の主管者個人が履行または損害賠償の責に任ずべきことを定めた規定であることは、その文理および右一一条全体の法意に徴し明らかであるから、右主張は主張自体失当といわなければならない。
五、そこで次に、被控訴人らの追認ないし新契約成立の主張につき検討する。
昭和二六年四月三日宗教法人法が施行され(これと同時に宗教法人令は廃止された)、同法二三条、二四条等によれば、本件土地の如き境外地については、宗教法人令一一条の如き処分の制限およびその違反行為を無効と為す旨の定めは存しないところ、控訴人が右宗教法人法に基いて昭和二七年一二月一一日設立登記を経た宗教法人であることは、控訴人の明らかに争わないところである。しかして前示認定の事実によれば、右新設にかかる控訴人は、宗教法人令適用当時の源光寺と全く同様に、昭和二七年一二月中の残期間および翌二八年一月以降昭和三八年二月頃まで、本件土地につき、被控訴人大久保先代の大久保右治関係では直接の、被控訴人土蔵関係では間接の各使用収益を異議なく容認すると共に、右大久保右治よりその対価たる賃料として、従前の契約に定められたと同一の割合の金員を異議なく受領して、すでに満一〇年余を経過し来つたのである。
なるほど従前の契約は前記判示のように無効であつて、宗教法人法附則一八項の定める権利義務承継の対象となり得ず、また新法施行後の賃料受領等につき控訴人が従前契約の無効を知りつつ当該行為に及んだと認むべき明確な証拠がない以上、民法一一九条但書に定める追認の規定を適用する余地も存しないものであるが、以上の事実関係に照らすと、さきに認定した控訴人と大久保右治間の行為は、右新法人たる控訴人が、少くとも新たに賃料の支払を為すべき対象期間の始まる昭和二八年一月において、右治に対し、暗黙の裡に本件土地につき従前と同一の条件で賃貸借契約を結び、且つこれに基く使用関係として既存と同一の事実を承認し、爾後右契約の履行の趣旨において賃料の受領を為したものと推認するを相当とすべく、前出藤野立英の原審当審供述その他控訴人の全立証に徴するも、右推定を覆すに足る事実は認められない。
右認定の事実によると、控訴人と被控訴人大久保先代右治の間には昭和二八年一月本件土地につき有効な賃貸借契約が黙示に成立したものと解すべきであつて、この点についての被控訴人らの主張は理由がある。のみならず、仮に然らずとしても、上来判示の事実関係に照らすと、本件事案にあつては、控訴人が自ら賃貸借の無効を主張して、大久保右治ないしその相続人らに対し土地明渡等を求めることは、信義則上容認できないものというの外なく、被控訴人らの主張はこの点においても理由があるものというべきである。
六、果して然らば、被控訴人大久保隆夫は、先代右治の死亡による相続により右賃借人の地位を承継したものであるから、同人がこれに基き本件地上に(二)および(四)の建物を所有して同土地を占有するは正当であり、また引受参加人両名は右(二)および(四)の建物の各占有者にすぎないから(この点は争いがない、控訴人が)、これら被控訴人らを不法占有者として、所有権に基き、家屋収去ないし退去による本件土地の明渡等を求める第一次請求は理由がない。
第二予備的請求について。《省略》
(むすび)
以上の次第であるから、控訴人の請求はいずれも理由がない。よつて、被控訴人両名に対する請求を棄却した原判決は結局相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、引受参加人両名に対する請求を棄却し、控訴審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(入江菊之助 小谷卓男 乾達彦)